では、今回から2回で先場所の幕内注目力士についてアレコレと。鶴竜に関して、綱とり問題自体に関する論点は後日相撲ブログのほうで専門的に書くということにします。


優勝 予想・結果とも 鶴竜 14-1

各取組については15番すべてアメーバの本場所観戦記で分析しているので、そちらを参照していただければ。
そこでも書いた通り、 3日目隠岐の海戦の黒星は相手を褒めるしかない内容です。ゆえに、長い15日間そういう相撲もあるという精神的な開き直りがしっかり出来ていましたし、「1つ負けると楽になる」という綱とり場所の金言を自ら口にすることもあったようですが、主な注目が遠藤フィーバーに向いたこと、あるいは両横綱が全勝で11日間走り続け、追いかけるだけでよかったということも、プラスにこそなれ、マイナス面に作用することは少なかったでしょう。

前半を1敗で乗り切り、次の大一番は中日、同じ1敗で並ぶ関脇豪栄道戦。ここも場所中の記事でいろいろ根拠をあげた上で「最大の山になる」と書いたのですが、「見栄えはしないかもしれませんが、鶴竜らしい取り口でつつがなく豪栄道という難敵を料理した味のある内容」とした通り、集中して、かつ余分の力の入っていない落ち着いた取り口で制した内容面も含め、ますます綱とりへの有望度は高まっていった。11日目栃煌山戦のヒヤリとした相撲を乗り越えての、12日目日馬富士戦以降は、まさに上手さと速さと対応力。あえて型を作らせず万能・応変のしなやかさを重視して育て上げてきた師匠井筒親方の指導に「力強さ」が植えこまれたことによって鮮やかに実を結んだ総決算・集大成のような見事な相撲が続きました。両横綱の失速に助けられた形とはいえ、初優勝および2場所連続の14勝は快挙というほかなく、その誠実な土俵態度を鑑みても、綱とりに足る品格・力量を具えたと評して異論のないところでしょう。

場所後のコメントでも書いた通り、次元の違う問題として、日本人力士の奮起、躍進を強く願う気持ちは隠しませんが、鶴竜が横綱になったという偉業そのものに対する心境にはまた白鵬、日馬富士のときとは違う種類の感動がありますし、名門時津風一門から久々の横綱、あるいは暫くは不可能との声も多かった雲龍型を採用する新横綱の誕生に対する喜びも同じ。
もちろん、ここがゴールでないことは賢明な本人が一番覚悟していることであろうし、来場所以降横綱として毎場所優勝を求められる中で、伴わない場合には批判を受けることもあるでしょう(これ自体決して間違ったことだとは思いません)。一般に「いろんな疲れ」が出て難しいと言われる新横綱場所でさえも、今やその対象外とはならないのが辛いところですが、年齢的にも体力的にも一番力の出る時期ですから、来場所とは言わないまでもなんとか今年中には横綱としての優勝という実績がほしいところ。当然なしえるだけの力は十分に持ち合わせています。

取り口について書いていくと、はために大きく相撲自体が変わったように見えないながらも残す結果は段違いという点について日馬富士の綱とり時にも主因とされた体力面の増強が挙げられており、突き押しであれ、四つの展開であれ、これまでと似たような流れでも、踏み込みや、突きの一発・一発、廻しの引きつけ(外四つで強引に寄り詰めるような相撲も数番ありましたよね)によって相手にかかる圧力が違って来ているのかなという場面はここ2場所でいくつも観ましたし、やっぱり勝てている場所というのは、相手に合わせてしまうような消極性ではなく、結果的に捌く形でも先に先に体が反応して、崩してからの寄せや詰めも早く厳しい。日馬富士の綱とり時に「より手数をかけずに「日馬富士らしい勝てる相撲」を体現することが出来た」というコメントを書いたのですが、有り体に言うと鶴竜にも同様の趣旨が当たるのかなと思いました。
大関昇進時にたびたび口にしていた「我慢」を貫き通さずとも、勝てるパターンが身についてきたということだし、そのことに対する意識が確立されていけば、取り口全般における積極性が違ってくるのは必然のこと。鶴竜ほどに頭のいい力士ならば「たった2場所」でそれが実現されたとして、何ら不思議なことではありませんよね。

もちろん、来場所以降、取り口の面に置いても、その「たった2場所」に対する訝しみを払拭していくところから始まっていくことは必定。どこまでも謙虚な姿勢は横綱になっても変わりませんが、求められるものが高いほど燃えるタイプでもあると思っていて、怪我にさえ気をつければ、ムラッ気の日馬富士とくらべても、安定感の面でより強さを発揮できる横綱たることも十分に可能でしょう。白鵬という大きな壁がある以上、優勝回数はどこまで伸びるか・・・ですが、横綱としての通算勝率においては胸を張れるだけの数字を残したと言える二代目若乃花のようなキャリアになりそうな気がしています。